Photo | ©Tourism and Events Queensland
オーストラリアにおけるチャイルドケア事業発展の背景
① 社会のインフラとしての位置付けであるチャイルドケア事業
豪州政府は国策として扶養児童をもつ女性の社会進出を強く後押ししています。同時に政府は良質な児童の育成環境と就学前教育の環境作りを強く推進していますが、この二つの国策を実現するために重要な役割を担う施設がチャイルドケアです。チャイルドケアとは主に乳児と幼児を預かる施設ですが、夫婦共働きが多い豪州ではチャイルドケアへの依存度が大きく国民の間でも関心の高い事柄であり、加えて女性の社会進出 ( 経済効果に大きく寄与する ) を後押しする立場から豪州政府はその課題を認識し政策を策定、そして実施してきた歴史があります。具体策としては、保護者がチャイルドケアに支払う保育費の補助制度があります。オーストラリアにおけるチャイルドケアへの託児費は 1 日あたり A$90-A$140 になりますが、世帯所得に応じてほぼ100%まで 政府が補助する仕組みになっています。直近の財政の動きとして公表された内容として、2019年 - 2020年には $8.3bn( 約 6 千 2 百億円 ) 予算が補助金として大きな予算が割り当てられました。このことからもチャイルドケアの存在が政策上如何に重要であるかは読みとることができるかと思います。
豪州の経済情報、及びチャイルドケア産業における直近の経済情報は以下の通りです。
投資観点から見るチャイルドケア事業
① チャイルドケア事業の概要
豪州政府は国策として扶養児童をもつ女性の社会進出を強く後押ししています。同時に政府は良好な児童の育成環境と就学前教育の環境作りを強く推進していますが、この二つの国策を実現するために重要な役割を担う施設がチャイルドケアです。扶養児童をもつ世帯の多くがチャイルドケアを利用しています。
親御様(顧客)の継続利用率が高く、安定した収益が確保できます
オーストラリアにおけるチャイルドケア事業の最大のポイント は国策に基づいた継続的な利用実需があることです。利用者の多くは働く為にお子様をチャイルドケアに預ける必要がありますが、 一般的に一度通うチャイルドケアを決めサービスを受け始めると、家庭の事情(他の地域に引越し等)やそのチャイルドケアに大きな問題がない限り他のチャイルドケアに預け替えるケースは殆どなく、親御様が継続して利用し続けることが多い為、他の事業と比較して、安定した収入を見込むが事ができます。
引き渡し日より安定したキャッシュフローが確保できます
買収時には現在実際に営業しているチャイルドケアが対象にな ります。チャイルドケアの引き渡し時(決済日)には実際にご利用 頂いている親御様の利用契約を継承する形になりますので、その日から保育費(補助金も含め)の収入を受け取ることができます。
収益構造はシンプル。収入の半分以上は国の補助金から構成されます。
主な収入は保育費で利用者負担金、そして政府からの補助金で構成されます。経費で大きな割合を 占めるのが人件費(保育士&教員等)で、その他、施設地代家賃、光熱費、公共料金等がありますが、 サービスを提供する上でリスクとなる「在庫」を抱える必要がありません。
コンプライアンス遵守型の事業です
チャイルドケアの事業を運営するにあたっては当局より様々な規制や指導を受けます。また、当 局は定期的に幼児の育成や教育カリキュラム、施設の環境状態、保育士や教員の指導内容など主に 七項目にわたり審査しその結果(優良可)を当局のホームページで公表します。対応が煩雑そうに思えますが、公的な機関が経営に関わってくることから、実は透明性が非常に高いビジネスです。公的 機関による第三者の目が入る事で事業の健全性を都度確認することができます。
地域社会への貢献性の高い事業です
チャイルドケアは地域社会において存在意義の高い事業です。扶養児童をもつ女性の社会進出を 促すとともに、親御様から何よりも大切なお子様お預かりし育成そして教育をするという大変重要な役割を担っています。チャイルドケアは親御様から最も頼られる場所で、また将来を担うお子 様達が楽しく遊び、学び、そして良い思い出を沢山持って巣立っていく場所です。
出口戦略も描ける換金性の高い事業です
ビジネス資産の購入は将来の売却も見据えて計画を立てる必要があります。オーストラリアでは身近なビジネスが売買できる市場、仕組みがあります。例えば、飲食業においてはレストランやテイクアウトショップ、プロフェッショナルの分野では会計士事務所などありとあらゆるビジネスが日常的に売買取引されています。チャイルドケアのビジネスはそれらの中でも群を抜いて事業評価、希少性と共に価値の高いビジネスです。取得した後安定的な利益を確保しつつ、更に付加価値をつけて売却しキャピタルゲインを狙う事もできます。
チャイルドケアM&A(事業の買収)とは? 土地建物の権利関係は?
「チャイルドケア事業の買収」とは現在営業しているチャイルドケア事業そのものの権利等を買 収することです。チャイルドケアーの土地建物の買収、つまり「賃貸事業を目的」とした不動産の買収とは異なります。オーストラリアでは土地にチャイルドケア施設を建てそれを貸し出している地主 さんが多くいます。事業者はテナントとしてこの施設を地主さんより借り受け(賃貸借契約)チャイルドケア事業を営んでいますが、その事業自体に経済的価値があり買収の対象となります。勿論、賃貸 事業資産として、つまり家主になることを目的にチャイルドケア土地建物そのものを買収すること もできます。また、チャイルドケア事業と土地建物を一体で買収できる機会も稀にあります。
② 投資家がチャイルドケア事業買収へ投融資を行った際の投資フロー
投資家はチャイルドケア事業主に営業中のチャイルドケア買収資金を投融資します。
事業主は投融資の資金でチャイルドケア事業を買収し、許可ライセンス&土地建物の賃 借権(リース)の譲渡をうけます。
* 投資が融資の場合、事業主は融資額の保全措置としてチャイルドケア土地建物の定期 借地権利を担保として提供します(オーストラリアにおけるリース担保事情を参照)。
事業主はチャイルドケア事業を継承し、引き渡し日より営業を開始します。
事業主はチャイルドケア事業経費として、家主に家賃を支払います。
事業主は営業利益を確保し、投融資家に利益を還元します。
チャイルドケア土地建物を賃貸事業として取得(オーナーチェンジ)した際の投資フロー
投資家はチャイルドケア土地建物(不動産所有権)を取得します。
投資家は家主としてチャイルドケア土地建物を運営事業者に賃貸借地契約で貸し出します。
投資家はチャイルドケア運営事業者より家賃の支払いを毎月受けます。
留意点 : 投資額は $3,000,000 前後、実質利回り(家賃より経費控除後)は取得額に対して 4%~6% 程。
貸付金の担保は定期借地権 (Lease Hold) を提供
③ オーストラリアにおけるリース担保事情
土地建物(チャイルドケア施設)を一体で賃借する権利をオーストラリアではLease Hold(リース ホールド ) といいます。家主と事業主(賃借人)の間で締結される賃貸借権利(日本の定期借地権に類似)で、事業主は事業の継続性を保全する為にその賃借権を不動産権利に登記することができます。土 地建物には管轄市役所からチャイルドケアとしての用途許可と建物適合許可が下りており、営業者はその土地建物を主たる施設として豪州連邦政府及び州政府よりチャイルドケアとしての営業 許可、そして保育費補助金、各種助成金を受給できる資格を取得することから、その土地建物を賃借する権利自体に経済性の価値があり、事業主はこの権利を貸付金の担保として提供し、資金提供者(銀行 等)はこの権利に抵当権を設定することで貸付金を保全することが商業的に行われています。当然の こととして残存期間が長いほど経済価値は高くなります。
④ 買収資金貸付、担保設定、利息支払いフロー
1 投資家より事業主(事業資金借入人)に事業買収の為の資金が貸付られます。
2 事業主は提供された貸付金で事業を買収し、リース権(賃貸借地権利)を取得(権利譲受)し、 投資家の貸付金保存の為リース権(土地建物賃借権)に抵当権を設定します。
留意点: 実際には1、2ともに契約行為履行&権利保全の為に法律事務所が介在し実行します。
3 事業主はチャイルドケアの営業利益から投資家に対して借入金の利息を支払います。
4 事業主はチャイルドケアを運営し営業利益をあげます。
”投融資は新会社へ。買収対象は事業のみ。新会社が簿外債務などを 継承するリスクはありません。”
⑤ チャイルドケア事業買収契約と譲渡のフロー
1 チャイルドケア事業資産を所有する売主 "A" 社と買主が新たなに設立した会社 "B" で事 業売買契約を締結します。
2 売買の決済時には、チャイルドケア事業の資産、及び付属する資産のみが "A” 社から "B" 社に移転されます。この際 "A" 社の借金や簿外債務は "A" 社単独で負っていますので、これ らの債務は "B" 社には継承されません。
留意点 1: 賃貸借地契約に付帯する契約履行事項は"B"社に移転されます。
留意点 2: 売買契約が締結された後の条件履行管理、決済まで全て売主の法律事務所と買主 の法律事務所の間で執り行われます。
”経営はできる限りシンプルに”
チャイルドケアセンターは育成&教育内容、スタッフ育成等について独自の方針をもってい ます。各センターに運営の自主性をもたせ、尚且つ地域の独自性も勘案しながらそれぞれのセン ターに助言と指示をし経営の運営管理をしていきます。
⑥ チャイルドケアー事業の主なリスク
オーストラリア政府のチャイルドケアーに対する補助金政策が廃止、或いは変更されるのでは?
政府は国策として扶養児童をもつ女性進出を強く後押し、良好な児童の育成&教育環境作りを推進し ています。この政策を実現するために政府は保育費等に関連する補助金予算増額を毎年国家予算で可 決してきた歴史があります。2005 年には A$3.2bn( 約 2 千 8 百億円 ) であった予算が 2016 年には 2.5 倍の A$8.2bn( 約 7 千 3 百億円 ) となり、更に 2018 年から 2 年間で A$23.2bn( 約 2 兆円 ) が新たな予算 として可決されました。この間女性の労働力参加率も 50% から60%に上昇し成果がでています。更に チャイルドケア産業における就業者数も約 9 万人から 15 万人に増加しておりこの雇用創出の分野 においても大きく寄与しています。地域社会におけるチャイルドケアの存在は大変大きく、またこの 政策によって恩恵をうける国民は多く、更に国の経済発展にも大きく寄与していることから今後もこ の傾向は続くものと思います。政策の継続性を推測する上でその国の選挙制度は一つの重要なファク ターとなります。オーストラリアでは選挙は国民の義務となっており例えば政権交代がありましてもチャイルドケア関連は国民の間ではセンサティブな政策課題となりそれを推し量りますと補助 金政策の廃止、或いは大幅な補助金減額等の政策は政府としては取り難いのではないかと見ます。
親御様が子供を他のチャイルドケアに預け替えることが多々にあるのでは ?
政府は国策として良好な児童の育成環境と環境作りを強く推進していますが、重要な事業活動の一 つとして全国にあるチャイルドケアを対象にしたサービス品質基準の審査、評価、発表 (National Quality Standard)があります。 これはチャイルドケアが提供するサービスの中で育成や教育カリキュラム、施設の環境状態、健康と安全管理、保育担当者の配置など 7 つカテゴリを審査し、それぞれに 三段階の評価 ( 優良可 ) をつけ、その情報を全てインターネットで公開するという活動です。親御様は チャイルドケアの選定時にはほぼ 100%必ずこの情報を入手し検討しますが、当然、" 優 " の評価数 が多い施設は人気があります。一般的に親御様は一度通うチャイルドケアを決めサービスを利用し 始めるとチャイルドケアに大きな問題が限り他に預け先を替えるケースは殆どないと思います。預 け替えを考えるときはチャイルドケアにおけるサービスの低下、教育レベルの低下、スタッフの質 の低下(定着率が低いも含)、施設の老巧化などが大きな理由になると思います。このような状況に陥 らないように現場においては日々全国レベルのベンチマークを念頭に運営しつつ、施設にはニーズに あった適度な投資(遊具、園庭、その他設備等)をしていく必要があります。
チャイルドケアの新規開設について規制がない為に供給過多になる可能性があるのでは?
現行、チャイルドケアの新規開設については特に規制はありません。エリア制限(◯キロ圏内にいくつの施設が新設可)などについても規制はありません。基本的に政府は「自由競争で品質の良いサービスを創出そして向上させる」というスタンスをとっていると思います。ただ、チャイルドケアの 新設コスト(不動産取得&施設建設費)は大変高額な投資になりますので新施設の設立には事業主は 慎重に検討せざるをえません。また、例えばエリアの選定時にはそのエリアに既存するチャイルドケアの施設の数(受け入れ可能許可人数)と実際にそのエリアに住んでいる 5 歳未満の乳児と幼児の 推定数をベースに需給関係を調査し、需要が見込めるようであれば新設に向けて動くのが一般的です。 つまり、新規のチャイルドケアーは無秩序に増えるものではなく、ある程度合理性の判断のもとで増 えていると言うことができます。勿論、人気のある地域で新規のチャイルドケアーが続々と新設され ているといエリアもありますが、毎年 30 万人程の新生児に増加に加え約 19 万人の移民増加で人口が増えていることから、いずれ需給関係は引き締まってくると考えられます。
チャイルドケアの事業リスクは投融資者にも及ぶのではないでしょうか?
投融資家は事業資金の提供者でチャイルドケアの日々の営業活動は全て事業主の責任のもとで行 われます。従って、チャイルドケアでおきた園児の怪我、人身事故、死亡事故などの責任は事業主が 全て負うこととなり投融資家にはその責任は一切及びません。また、事業を行ううえで事業主が債権 者(例 : 銀行、家主など)提供した債務保証などにつきましても事業主が単独で責任を負うことになり ますので投融資家には債務不履行等に対する弁済義務や連帯責任等が発生することはありません。投 融資者のリスクは事業者が投融資額に対してリターンを支払わない、或いは支払えない状況に陥るこ とや、事業評価の著しい低下により投融資額そのものが毀損してしまうという経済的損失リスク等が あります。
c - 3 業界の現状と今後の見通し
⚫️チャイルドケアビジネスの現状
チャイルドケアサビスを提供する企業形態には、さまざまなタイプがあります。最も一般的なLong day careの他にもFamily day careやOccasional care、Outside school hours care 、そしてVacation care などがあります。
チャイルドケアビジネスにおける主なサービス活動としては、チャイルドケアサービスの提供やチャイルドマインダーセンターの運営、児童養護施設の運営、アーリーラーニングセンターの運営などが挙げられます。
統計的な観点から業界を見ると、2020年度における全体の市場規模はおよそ115億豪ドルです。直近の過去5年間(2016年 - 2021年)における成長率はコロナウイルスの影響で-0.7%に留まっていますが、今後5年間(2021年 - 2026年)で2.6%の成長が見込まれています。尚、利益ベースでは6億87百万豪ドル、利益率は6.0%です。
オーストラリア全土における事業者数は10,901、これは直近の5年間において1.3%の増加傾向を示しています。同様に従業員数は16万5千人と、3.7%の増加を遂げているのが現状です。
また、最近の主な傾向としては次のような状況が見られます。
・新規参入企業が、既存のスケールメリットを活かして市場ダイナミクスを変化させた
・子どもに対するスタッフ数の割合が増加したことで、業界の雇用数が増加
・保育サービスと並行して教育サービスを提供する企業が増加している
・保護者の勤務形態の変化が、保育園の営業時間に影響を与えると予測されている
・収益性工場に向けたプレミアムなセンターの開設やニッチな市場への参入が予想される
・業界のM&Aは今後5年間継続すると予測される
・母親の労働参加率の上昇により、チャイルドケアへの需要が高まっている
尚、事業形態別の割合はLong day careが61.8%、Family day careが3.4%、Outside school hours careが34.5%、Occasional careが0.3%となっています。
政府によるチャイルドケア産業への支出は増加しており、入園者数も増加を続け、料金が上昇しているにもかかわらず、業界全体の市場規模は過去5年間で減少傾向にあります。
この期間、いくつかの主要エリアにおいて新規保育施設の増加が需要を上回っていたため、業界全体の事業環境は厳しいものとなりました。結果的に、過剰なサービス供給と低い稼働率に影響お受けて、2018-19年における収益の成長抑制につながりました。さらに、コロナウイルス感染症によるパンデミックの影響もあり、政府が拠出した26億ドルの対応施策の実施にもかかわらず、2020-21年の2年間は収益の減少が予想されています。
一方で、子どもを抱える母親の労働参加率の上昇が育児サービスへの需要を下支えしている現状も見て取れます。また、政府は保育園(child care centres)が幼稚園(kindergartens)として登録できるように規制を緩和し、これによりLong day care cnetre は、就学前教育(Preschool Education)業界と直接的に競合することになりました。
この変更を受けて、Long day care centre の運営企業は、従来の保育サービスに加えて、教育サービスの提供にも力を入れるようになりました。2020年4月に発表された「Early Childhood Education and Care Relief Package」では、保育事業者は必須サービス事業者とみなされ、コロナ禍においても営業を続けることが求められています。
コロナウイルスが蔓延した当初は、悪化した失業率と世帯収入の減少により、短期的に保育サービスへの需要が減少することが予測されていましたが、現在は徐々に回復基調に向かうことが予測されています。業界全体の売上高は2025-26年までの5年間で年率2.5%で成長し、130億ドルになることが予測されています。
② 市場に影響を与え得る主な外部要因
・公的支援の度合い
連邦政府は、家族の子育て費用を支援するために扶助金を支給しています。従来のChild Care BenefitとChild Care Rebateに代わり、新しいChild Care Subsidy(CCS)が2018年7月2日に施行されました。CCSは、育児にかかる費用をカバーし、保育サービスへの需要促進につながります。その後、2020年4月に発表された「Early Childhood Education and Care Relief Package」の一環として、CCSの代わりに週払いで保育事業者に補助金が直接支払われましたが、2020年7月に政府はCCSを再度適用することを決めました。2020-21年においてはコロナウイルスによるパンデミックへの対応策として、扶助金の若干の増加が予想されています。
・女性の労働力人口
扶養している子どもを持つ女性の労働参加率は、保育サービスの需要に影響します。15歳以上の女性の労働参加率は長期的に上昇し、労働年齢の女性全体の60%強に達しており、母親の労働力参加率も上昇しています。この傾向は、正式な育児サービスを利用する母親の数が増えていることから、業界にとって長期的なチャンスとなります。ただし、2020-21年にはおいてはコロナウイルス影響による景気の悪化で総労働力人口が減少するため、女性の労働人口数も減少することが予想されています。
・14歳以下の人口
14歳以下の人口は2020-21年に掛けて増加する見込みで、特に5歳以下の児童の増減は、保育産業における需要と収益性に影響を与えます。
・労働参加率
労働参加率およびフルタイム勤務者の割合は、保育産業の需要に強く影響を及ぼします。ただし、現状の保育所の営業時間では、こうした勤務形態の変化やサービスが必要な家族に対応が困難である。
・家計の実質的な可処分所得
一般的に可処分所得が高い世帯は、保育サービスを受ける経済的余裕があります。育児のための自己負担の増加と相まって、可処分所得の減少は、こうした保育サービスの利用を控えることにつながる可能性があります。つまり、可処分所得の伸び悩みは、チャイルドケア業界全体にとって脅威となり得るのです。コロナウイルスの影響により悪化した失業率は世帯収入を減少させ、可処分所得の低下につながることが予測されています。
・新規参入によるマーケットの動向
過去5年間で、プライベート・エクイティの支援を受けた新しい民間企業が、業界の企業数を増加させています。
営利目的で市場に参入した新規企業は、スケールメリットを駆使するために小規模または新規のセンターを買収し、オペレーターとして活動してきました。しかし、過去3年間の稼働率の低下により、最近では多くの大手オペレーターは規模のさらなる拡大ではなく、既存の運営施設を活用することに焦点を当てています。
過去5年間で、チャイルドケアサービスと並行して教育サービスを提供するさまざまな企業が増えています。2019年には、Long day care centreが提供するプリスクールプログラムに登録した4歳と5歳の子どもの数が、プリスクールに登録した数を上回りました。同年、センター型デイケアセンターはプリスクールプログラム提供者の3分の2近くを占めています。この傾向は、チャイルドケア産業とプリスクール教育業界における競争が激化する中で、幼児教育サービスを提供するチャイルドケアセンターの役割が高まっていることを浮き彫りにしています。
・National Quality Framework (NQF)
National Quality Framework (NQF)は、過去5年間で業界に大きな影響を与えました。
NQFは、オーストラリアの教育・保育分野における継続的な改善を促し、企業や運営者の運営コストを増加させました。例えば、多くの企業はNQFの定める教育者と子どもたちの比率やスタッフの資格要件を満たすために、追加のスタッフを雇用しなければなりませんでした。また、NQFで要求される資格要件のレベルが高いため、雇用主はスタッフに高い賃金を支払う必要があります。その結果、過去5年間で業界の雇用者数と賃金コストの両方が上昇しました。
・収益性の制約
非営利団体やコミュニティベースのセンターなど、小規模な事業者が業界の大半を占めており、このような事業者にとってその収益性の向上には限界があります。
また、NQFの変更や賃金コストの上昇により、過去5年間で業界の利益率が低下しています。さらに、主要エリアでのセンター稼働率が低いことも、過去5年間の利益率低下の一因となっています。これに対し、業界内では、賃金や稼働率の効率化に注力している企業もあれば、サービス料金の引き上げを行う企業も出てきています。Department of Education, Skills and Employment のデータによれば、CCSの導入後、2018-19年の4四半期のうち3四半期で平均時給が上昇しました。
チャイルドケア業界は、コロナウイルスの発生に伴う新たな事業環境への適応に伴い、今後5年間は変化し続けることが予想されています。働き方や経済状況の変化により、保育サービスの利用を見直す家庭も出てくるかもしれません。また反対に、政府の経済対策の一環として、一時的に保育サービス利用料が無料になったことで、新たな利用者の価値観に変化が生じることも考えられます。
今後、チャイルドケア業界の環境はさらに変化していくことが見込まれています。例えば、新規参入によるサービス施設の供給過剰に関する問題は既存企業にとってはネガティブな影響を受けることが考えられます。2026年までの5年間、業界の売上高は年率2.5%で成長し、130億豪ドルの規模になることが予測されています。
③ 業界における企業形態
Long day care
Long day careとは、共働きの家庭の小学生以下の子どもを対象とした保育サービスです。
チャイルドケアセンター、幼稚園、プリスクール、アーリーラーニングセンターなどの事業形態がロングデイケアサービスを提供しています。主な運営主体は民間事業者、コミュニティ団体、地方自治体、非営利団体などです。過去5年間においてさまざまな企業がこのチャイルドケア産業に関心を抱いており、新規にロングデイケアセンターをオープンする営利企業が急増しています。この状況に伴い、チャイルドケア産業全体の売上高に占めるロングデイケアのシェアが増加しています。
Outside school hours care
Outside school hours careは、主に小学生を対象にした通学時間の前後に行われる保育サービスです。
営利企業、非営利団体、州・地方自治体などがこのサービスを提供しており、短時間の子どもたちのケアを必要とする家庭向けに運営されています。親世代の労働時間が長時間化や、多様化により、このサービスの利用者も過去5年間において増加しています。また、学校が休みの間に子どもを預かるVacation Careも人気を集めています。
Family day care
Family day careは、認可された教育事業者の自宅で行われるサービスです。Family day careの数は、2016年までの間大きく増加していましたが、政府による規制強化の影響で事業者数は近年減少しています。
④ 需要の決定要因
保育サービス利用への政府の補助金政策は、保育サービスの需要に大きく影響します。
2020-21年の政府予算案によれば、新たに制定された法律により90億ドルの補助金が交付される予定です。しかし、過去5年間で政府の支出が大幅に増加したにもかかわらず、サービス料金が上昇傾向にあるため、保護者の自己負担額は増加しています。
近年、仕事を持つ親の保育サービスに対するニーズは変化してきており、こちらもチャイルドケア産業への需要に影響を与えています。Outside school hours care は、業界で最も急速に成長しているサービス形態のひとつです。労働参加率や労働形態の変化により、パートタイムやシフトワークで働く家庭が増え、保育サービスを必要とするようになったことがこの成長を後押ししていると見られています。
最新のデータによれば、ロングデイケアセンターの3分の1以上が一般的な営業時間以外の時間帯もカバーするサービスを提供しているが、週末に運営しているのはわずか1%未満であった。このようなフレキシブルな対応が可能な体制を整備している企業は今後の需要増加をうまく取り込めるものと思われる。
また、両親の雇用形態、収入レベル、勤務形態も需要に影響を与えると言われています。母親の育児参加率に加え、地域や社会の価値観、失業率の変動、賃金水準、育児費用なども同じく需要に影響を与える要因と言えます。
⑤ ビジネスを成功させるためのポイント
チャイルドケア業界で成功するためには、次のようなポイントが重要であると言われています。
・効果的なコスト管理
昨今のコロナウイルス下の状況のようにサービスの需要が伸び悩む時などに、効果的なコスト管理はビジネスの存続において需要な役割を果たします。また、近年の政府による規制強化や平均賃金の上昇といった傾向からも、コスト管理の必要性が高まっています。
・政府の補助金やその他の助成金を利用する能力
需要を喚起し、収益性を最大化するためには、政府の補助金を効果的に利用する仕組みを整えておく必要があります。
・規制の遵守
事業者は、「National quality Framework」に基づいて施設やサービスを運営することが求められます。保育施設はAustralian Children's Education and Care Quality Authority(ACECQA)により、National Quality Standardに基づいて評価されます。
・需要が見込めるエリアへの展開
チャイルドケア事業を展開にするにあたっては、サービ利用の十分な需要が見込めるエリアに施設を構えることが重要です。需要と供給の関係性は、センターの稼働率とサービス料金にも大きく影響を及ぼします。
・キャパシティの最適化
一般的にチャイルドケア事業を存続させるためには、最低でも70%のセンター稼働率を維持する必要があります。
・周辺地域からの信頼とサポート
利用者からのポジティブな口コミや良い評判を維持することは、センターの運営において欠かせない視点のひとつです。
⑥ 業界の今後の動向
今後5年間は、小規模な民間の保育施設(慈善活動や地域社会のために運営されていることが多い)が引き続き業界の主流になると予測されています。
しかし、最近では新しい運営企業が参入してきており、今後の業界の所有権や利益構造に影響を与えることが予測されています。個人事業者は、プレミアムなセンターやニッチな市場をターゲットにしたり、周辺エリアの人口増加が今後見込まれる場所で事業を展開したりすることで、収益性の向上を図るでしょう。
法人事業者は、2026年までの5年間に市場シェアを拡大し、スケールメリットを活用するために、さらなる買収を行うことが見込まれます。
競争の激化に対応して、新規にセンターを建設するのではなく、既存のセンターをリフレッシュして顧客基盤を維持するために資本を投入する業界関係者が増えていることもひとつの業界トレンドと言えるでしょう。その他、外国語レッスンやクッキング教室などのレクリエーション・アクティビティなど、提供するサービスの多様化も生じています。
さらに、今後5年間は、飽和状態にある市場において稼働率を高めるために、価格設定を競争手段として利用する事業者も出てくることが予想されます。その結果、提供する商品や価格を変更できない小規模な事業者や非営利団体は、この期間に苦戦を強いられる可能性があります。
業界の賃金コストは、保育士のスキルアップに伴い、今後5年間、売上高に占める割合は上昇し続けると考えられます。このコスト増加は、業界の利益率をさらに低下させ要因となり、小規模な事業者のビジネス存続にとっては脅威になることでしょう。
また、企業数や事業所数の増加、子どもたちに対するスタッフ数の比率増加に伴い、業界全体における雇用者数も増加することが予想されています。
このような背景や政府による資金援助の増加、新規参入企業の増加などにより、チャイルドケア産業におけるライフサイクルステージは現在「成長段階」にあると言えます。
保育サービスの利用を希望する家庭と子どもたちの数が増えるたことで、過去5年間において新規参入企業や新規保育施設のオープンが立て続けに起こりました。特にロングデイケア事業者の数は、不動産デベロッパーが新たな保育施設を建設する傾向にも後押しされ、増加傾向にあります。主要エリアでは既に供給過剰の状況が見られるにもかかわらず、2018年9月から2019年9月の間に、290の新たな施設がオープンしました。
これに伴い、業界全体の雇用者数も過去5年間で増加を続けています。また近年、新たな営利事業者が参入していることから、業界のM&A活動は今後5年間においても継続的に生じる可能性があります。
目 次
国際色溢れるインターナショナルな環境
国際的に競争優位な幼児教育システム
欧米諸国よりも経済的な生活コスト
幼児の脳の発達に有効な英語学習
子どもたちはみんなオーストラリアが大好き
クリエイティビティが向上する
自己肯定感が高まる
新しいスキルが身に付く
日本への感謝の想いが深まる
「褒めた理由を伝える」
「リスクをとらせる」
「子ども自身に判断をさせる」
「お手伝いをさせる」
「子どもの好奇心を解放する」
チェックリスト
日本と西洋の子供たちとの比較
高まる”遊びと幼児教育”の重要性
「2035年」の世界で求められるもの
オーストラリアの幼児教育が注目されている理由
政府による教育・サービス品質の確保
幼児教育制度の発展とNQFについて
子どものアイデンティティ形成に重要な「帰属・存在・生成」
政府によるチャイルドケアサポート
日本の幼稚園・保育園との違い
子どもの個性とチャレンジを大切にするアプローチ
オーストラリアの幼稚園や保育園の仕組み
その他のチャイルドケアサービスの種類
オーストラリアの義務教育・高等教育
年代別の教育制度と義務教育について
プライマリースクール(小学校)が始まるタイミングは?
National Quality Standard
① NQSを構成する7つの領域
② 評価制度と品質の格付け
③ 各Quality Areaについて
EYLF(Early Years Learning Framework)
① EYLFとは
② 中心となるコンセプト
③ フレームワークの構成要素
④ 5つの原則
⑤ 実践プロセス
⑥ 期待される学習成果
Certificate Ⅲ(概要)
① 概要
② 学習コースへの参加要件
③ コースに含まれる学習項目
Diploma(概要)
① 概要
② 学習コースへの参加要件
③ コースに含まれる学習項目
オーストラリアにおけるチャイルドケア事業発展の背景
① 社会インフラとして位置付けられたチャイルドケア事業
投資観点から見るチャイルドケア事業
① チャイルドケア事業の概要
② 投資家がチャイルドケア事業買収へ投融資を行った際の投資フロー
③ オーストラリアにおけるリース担保事情
④ 買収資金貸付、担保設定、利息支払いフロー
⑤ チャイルドケア事業買収契約と譲渡のフロー
⑥ チャイルドケア事業に関わるメンバープロファイル
⑦ 運営中のチャイルドケア事業のご紹介
⑧ チャイルドケア事業の主なリスク
業界の現状と今後の見通し
① チャイルドケアビジネスの現状
② 市場に影響を与え得る主な外部要因
③ 業界における企業形態
④ 需要の決定要因
⑤ ビジネスを成功させるためのポイント
⑥ 業界の今後の動向
Play & Learnとは
Play& Learnの教育アプローチとその適用事例
レッジョ・エミリア・アプローチの特徴
レッジョ・エミリア・アプローチの哲学
オーストラリアのレッジョ・エミリア
レッジョ・エミリアで用いられる原則とその適用事例
THRASSとは
THRASSの有効性とその適用事例
親子留学プログラム「Hello Kids」
「Hello Kids」とは
現地センターのご紹介
センターでの1日の過ごし方
先生の子どもへの接し方に関する日本との違い
コレクティブな遊びと学び
現地でのおすすめアクティビティ
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